オリンピックまであと3日。毎回違和感でひっかかる選手からの言葉

雑感

東京オリンピック2020まであと3日になりました。
さすがにもうやるのでしょうね。これからオリンピックも国内もどういう状況になるのか、予想できないし不安もありますが。

私はやるのであればTVで見ようと思っています。
ただ、大会直前になるとよく出場選手から聞かれる、違和感のある言葉が一つだけあります。

 

 

「与えたい」

それは、

「見ている人に勇気(ほかに感動、希望など)を与えたい」

という言葉です。

 

勇気とか感動とかは、少なくともスポーツでは「与える・与えられる」というものではないと思っています。
選手が精いっぱい頑張る。それを見た人が刺激を受けたり何かを感じ取る。
そういうものじゃないのかなと。

 

選手の大会への意気込みなどで

「勇気(・感動)を与えたい」

という言葉を聞くと、

「あなたがオリンピックに参加する目的はそれ?今までそのために努力してきたの?違うでしょ?」

とツッコミたくなります(ちょっと意地悪いですが…)。

 

自分の競技が始まる直前に

「よし!見ている人に勇気や感動を与えるぞ!」

なんて考える選手はいないでしょうし。

少なくとも私は選手から勇気や感動が欲しくて競技を見るわけではありません。

 

 

選手はメダルだったり入賞だったり記録更新だったりを目指して競技に参加していると思います。
その中で支えてもらった人たちへの感謝の思いなどはもちろんあるでしょうし、応援してくれる人たちの期待に応えたいというのもあるでしょう。
それ以上はないと思うし、それで十分じゃないのかなと思います。

勇気や感動を与えるという言葉を選手から聞くと、

「いやいや、それは別にいいんじゃないすか?」

と思います。

 

やるからには悔いなくやってほしい

世の中がこんな状況なので、どうしても「コロナに打ち勝つ」とか「スポーツの力を」とか、そういうスローガンみたいなものが絡められてしまいますが、出場する選手には競技に集中して、各々の目標や目指しているものへの達成にベストを尽くしてほしいなと思っています。

選手たちのそういう姿を見れば、おのずと見る側は感動したり、勇気をもらったりするんじゃないかと思います。

見ている人に勇気や感動を与えよう・与えたい、なんてことは考えず、悔いなく競技をしてほしいです。

 

 

 

書いた人

ダイ
ダイ
スポーツをするのも見るのも好きなトレーニングジャンキー。
見る方では、海外サッカー、マラソン、トライアスロン、格闘技全般、NBA、ラグビーが主な守備範囲。サブ3.5を目指す中級市民ランナー(あと6分弱…)。東京マラソンは13年連続ハズレだったのが、2021年10月の大会に初めて当選。果たして走れるのか⁉
BlackBerryとOAKLEYサングラスを愛用。
公認会計士 税理士
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