「強さへの憧れ」の原点はこの方だった。これからも「あの言葉」を大事にしようと思う

雑感

今私がボクシングやMMAをはじめとする格闘技全般が大好きなのは、「強さへの憧れ」があるからだと思っています。

その「強さへの憧れ」の原点は、アントニオ猪木さんでした。

 

記憶が確かなら4歳の頃だったと思います。

それ以前から仮面ライダーやウルトラマン、戦隊ものなどのTV番組を見ていましたが、それらは全て「人間 vs 怪獣(怪人)」でした。

「人間 vs 人間」でカッコよさ、強さを初めて魅せられたのはアントニオ猪木さんでした。

 

ある日の金曜夜8時すぎにチャンネルをガチャガチャ回していたら(当時の実家のTVはリモコンもなかったしボタン式でもなかった)『ワールドプロレスリング』が放映されていて、すぐに目に映ったのがアントニオ猪木さんでした。
たしか藤波辰爾、木村健吾選手との6人タッグで、タイガー・ジェット・シンと誰かと戦っていたような。
その時は全然名前を知らなかったので母親に教えてもらい、「アントニオ猪木」というプロレスラーを知りました。

 

それ以来プロレスにハマりました。
初代タイガーマスクが出てきてさらにハマり、小学3年生頃にサッカーを始めるまではプロレス大好き少年でした。いや、サッカーを始めてからもプロレスは見ていました。

私が少年時代に見ていた頃、どんなレスラーが出てきても常に中心で光を放っていたのはアントニオ猪木さんでした。絶対的な存在でした。

マイク・タイソンをきっかけにボクシングを見るようになり、以降プロレスはチラ見する程度になりましたが、それでもプロレスではアントニオ猪木さんの存在が絶大でした。

 

時が経ってMMAにハマり、PRIDEを生観戦するようになってからは(引退後ではあったけれど)生の猪木さんを見る機会がたくさんできました。

前半の試合が終わってからの休憩明けに『炎のファイター』が流れ出し、猪木さんが入場して挨拶する(そして最後に「1、2、3、ダー!」で締める)のが定番でした。
もちろん毎回一緒になって「ダー!」 をやっていました。

 


PRIDE21にて

 

大晦日の「INOKI BOM-BA-YE」2001と2002も会場で観戦しました。
幸運にも一度だけ通路で握手してもらうこともできました。

 

当時からもずっと聞いてきた言葉「元気があれば なんでもできる」という言葉。

「元気ですか~! 」の後の定番の挨拶であり、言葉自体も「そりゃそうだ」と思う程度だったのですが、ある時からズシリと響くようになりました。

逆に言えば「元気じゃなければ何もできない」だし(本当にその通り)、何をするにも元気であることが大前提だよなと。

それ以来、心身ともに元気であることを強く意識して日々過ごすようになっています。

 

 

とりとめのない文章になってしまいましたが、多くの猪木信者、猪木ファンと同じように、私もアントニオ猪木さんが亡くなられて悲しく感じています。

YouTubeチャンネルを見ていて病状が大変そうだというのは分かっていたし、「もしかしたら…」とも思っていましたが。

痛みや苦しみから解放されたのだと思うようにしたいです。

 

とにかく、自分はこれからも元気であることを大事にして日々生きていこうと思います。
「元気があれば なんでもできる」は座右の銘にしようと思います。

 

アントニオ猪木さん、どうか安らかに。

ありがとう!!

 

 

 

 

書いた人

ダイ
ダイ
スポーツを見るのも好きなトレーニングジャンキー。サブ3.5を目指す(あと6分弱…)自称中級市民ランナー。
見る方では、海外サッカー、マラソン、トライアスロン、格闘技全般、NBA、ラグビーが主な守備範囲。
公認会計士 税理士
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