2025年のスポーツを振り返ってみた ~⑤訃報~

雑感

2025年の私のスポーツ振り返り、5つ目は元選手などの訃報です。

 

訃報を採り上げるのは不謹慎かもしれないですが、個人的にとにかく残念だし忘れたくも忘れられたくもないので敢えて書くことにしました。

 

 

ジョージ・フォアマンさん

私の中ではジョージ・フォアマンさんが亡くなったのはショックでした。

 

モハメド・アリさんに憧れていたので、『キンシャサの奇跡』ではヒール的存在だったことは否めませんが、一度引退して80年代後半に復帰してからのフォアマンさんのことは応援していました。

42歳で当時3団体統一ヘビー級チャンピオンだったイベンダー・ホリフィールドに挑戦して、12ラウンド倒されずに戦い続けたのは驚きでした(結果は0-3の判定負け)。

そして45歳でマイケル・モーラーをKOしてWBA・IBFヘビー級チャンピオンに返り咲いた時は感動しました。
特に、試合終了直後にセコンド陣と喜ぶよりも先にコーナーに跪いて天を見上げ、神様に感謝していた姿は印象的でした。

 

フォアマンさんの引退後にとても明るくて社会奉仕活動にも積極的な人格者であることを知って好きになりましたが、それだけにとても残念でした…。

 

現役時代を見ていた元NBA選手

元NBA選手の中で、オリバー・ミラーさんとエルデン・キャンベルさんの訃報には驚きました。
お2人ともまだ若いので(50代)。

 

オリバー・ミラーさんは1993年~のフェニックス・サンズでの活躍が印象的でした。

チャールズ・バークリーのバックアップとしてバークリーより一回り縦にも横にも大きい体格を生かして精力的に動いていました。

タイムアウト中や試合が止まっている間に、先輩のケビン・ジョンソンやダニー・エインジ、トム・チェンバースあたりにポジショニングや動き方などの指示を受けていた姿も記憶に残っています。

Wikipediaによると癌のために亡くなったとのことでした。

 

エルデン・キャンベルさんはLAレイカーズでの姿が記憶に残っています。

私がNBAを見始めた1990-91シーズンにルーキーで、当時から派手さはないけれど堅実なプレーに終始していた印象があります。

突然の訃報だったので「なんで!?」と思ったのですが、フロリダで釣りをしていた時に事故で溺れてしまったそうです(それ以上の詳細は不明)。

まだ57歳。
当時のレイカーズの先輩の多くがご健在なのに…。

 

現役選手

現役バリバリだったディオゴ・ジョタの事故死はショックでした。

リバプールとポルトガル代表で貴重な戦力だったし、まだまだこれからキャリアのピークを迎えるはずの年齢でした(28歳)。

自動車事故。ただただ残念です…。

 

日本スポーツ界の巨星がつづけて…

2025年は日本スポーツ界の名選手が次々と亡くなられました。

 

長嶋茂雄さん。

言わずと知れたミスター・ジャイアンツ。ミスタープロ野球。
数々のエピソードや名言を残し、数少ない日本スポーツ界のスーパースターでした。

野球を愛しつづけ、亡くなられる年齢まで89(やきゅう)歳だったのは偶然ではないように思いました。

 

釜本邦茂さん。

日本サッカー界の最初のスーパースターと言っていいのではないかと。

 

私が初めて旧国立競技場でサッカーの試合を観戦したのは、1984年の釜本さんの引退記念試合でした。ペレやヴォルフガンク・オベラートも出場していました。

その後1986年、私が小6の頃に釜本さん主催のサッカーキャンプに参加して、釜本さんと一緒にプレーできたことは今となっては素晴らしい経験・思い出でした。

今でこそ日本から海外で活躍する選手が続々と出てきていますが、「海外で活躍できそうな最初の日本人選手」は釜本さんだったかと(病気やケガなどもあり叶わず。詳細はWikipediaでにあります)。

私の中では小6の頃に見た釜本さんの記憶が強いので、「あの釜本さんが…」という思いがあります。

 

ジャンボ尾崎さん。

よく格闘技で「華がある」みたいな表現が用いられますが、日本ゴルフ界で一番華があったのはジャンボ尾崎さんでしょう。

小さい頃に父親に連れられてゴルフのトーナメントを観戦したことが何度かありますが、ジャンボ尾崎さんについているギャラリーが毎回非常に多かった記憶があります。TVで見ていても、パットを沈めて剣を鞘に納めるようなポーズをとった時などの歓声は抜群に大きかったなと。

最近あまりメディアなどで見ないなと思っていたところでの訃報で、しかも癌を患っていたことも初めて知ったので驚きました。

 

野球、サッカー、ゴルフのレジェンドがこの1年で亡くなられたのは偶然なのでしょうけど驚きでした。

 

個人的にショックだった訃報

個人的には以下の方々の訃報もショックで残念でした。

 

ハルク・ホーガンさん。

幼少期にプロレスを見ていた頃から活躍されていたプロレスラーで、アントニオ猪木さんの好敵手でもありました。マンガ『キン肉マン』のネプチューンマンのモデルでもあります。

WWF(現WWE)へ行ってからの黄色のトランクス姿、もしくはnWoの黒ずくめの格好が印象的ですが、個人的には新日にいた頃に黒いトランクスに白文字の「一番」を入れていた時の姿が印象に残っています。プロレスを一番見ていた頃なので。

SNSで時々映像や画像を見かけていたので、亡くなったことを知った時は驚きました。

 

ウーゴ・ガッティさん。

ボカ・ジュニオルスのかつての名GK。オスカル・コルドバよりもナバーロ・モントージャよりも前の世代のボカのGKです。

私が見ていた頃にはすでに大ベテランでしたが、PKストップした後にキッカーに向かってアカンベーをしたりして、見ていて面白い、絵になるGKでした。

アルゼンチンにはヘルマン・ブルゴスやモントージャのようなロン毛&バンダナのスタイルでプレーするGKがたびたびいましたが、その元祖がガッティさんだったのではないかと思います。

 

レニー・ウィルケンズさん

NBAで選手としても監督としても殿堂入りした御方。1992年のドリームチームのアシスタントコーチも務めていました。

私がNBAをたくさん見ていた頃は、クリーブランド・キャバリアーズとアトランタ・ホークスのHCをしていましたが、激高するわけではないけれど視線は常に厳しい感じのHCだったなという印象です。

ソニックスでは永久欠番になったし、プレイングマネジャー(選手兼HC)の経験もあるし、HCとしての年数、試合数はNBA歴代最多記録を持っています。

偉大な選手、偉大なコーチでした。

 

リッキー・ハットンさん

2000年代後半に活躍したイギリス人ボクサーで、非常に攻撃的な選手でした。

フロイド・メイウェザーJrに負ける前まで43戦全勝で、コンスタンチン・チューやホセ・ルイス・カスティージョにも勝利していました。

キャリアでのビッグマッチがメイウェザー戦とパッキャオ戦というKO負けした2試合だったのが残念だったけれど(特にパッキャオ戦はインパクト絶大だった)、イギリス人ボクサーとしてはナジーム・ハメドの後のスター選手だったと思います。

引退後はメンタル面で病んでいたとかアルコール中毒だったといったよくないニュースをたまに見ていましたが、実際にその影響があったようでした。
まだ若かったので(46歳)とても残念でした。

 

 

 

 

 

書いた人

ダイ
ダイ
スポーツを見るのも好きなトレーニングジャンキー。サブ3.5を目指す(あと2分ちょっと…)自称中級市民ランナー。
見る方では、海外サッカー、マラソン、トライアスロン、格闘技全般、NBA、ラグビーが主な守備範囲。テニスもMLBも陸上競技も好き。
公認会計士 税理士
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