スポーツで「天才だ!」と思った最初の選手はいつまでも記憶に残る

サッカー

私が人生で一番最初に「天才だ!」だと思ったスポーツ選手。
それは、ディエゴ・アルマンド・マラドーナでした。

 

 

最初にマラドーナのプレーを見たのは1982年。バルサ時代。
今や懐かしの『三菱ダイヤモンドサッカー』で放映されていました。
当時のマラドーナはアフロ頭でした(笑)。

マラドーナを初めて見た少年ダイは、マラドーナのボールコントロールと身のこなしに一目ぼれ(?)しました。
サッカーをまだやっていない頃だったのに、他の選手との違いをすぐに感じました。

ボールが足にくっついているようで、でも長短ともにパス精度抜群。
小さな体で大きな相手をひょいひょいかわすし、80年代当時の「削る」というより「刈る」ような相手のタックルも、ハードル選手のように飛び越えて。

「バナナシュート」という言葉を知ったばかりの私は、マラドーナのキックを見て「ああ、これがバナナシュートか!」と納得したものでした。
本当にバナナのように曲がっていたので。

 

1986年のワールドカップは、決勝トーナメント準々決勝(あのイングランド戦)から決勝戦まで生で見ました。
当時小学6年生でしたが、深夜の中継を。

例の「神の手」も「五人抜き」もそうだし、準決勝の2得点、決勝の3点目につながる完璧なパスも、少年ダイには強烈なインパクトでした。
当時は西ドイツを応援していたのですが(苦笑)、アルゼンチンが優勝してマラドーナが涙しているシーンを見てマラドーナが好きになりました。

 

90年イタリア大会でのブラジル戦も、忘れられません。
「たったのワンプレーで勝負を決めた試合」というと、この試合が真っ先に浮かびます。

準決勝のイタリア戦では、国歌斉唱中にイタリアサポーターから大ブーイングを浴びながら「Hi** de pu**!」とスペイン語のヤバい言葉を、口の動きで分かるように言っていたのも思い出します。この試合もイタリアを応援していましたが(苦笑)。

決勝戦で負けた後、人目をはばからず号泣する姿もしかり。人間離れしたボールコントロールとは裏腹に、ものすごく人間味を感じました。

 

94年アメリカ大会も2試合だけの参加でしたが、キレッキレでした。
ギリシャ戦の、レドンドとのワンツーからのゴールは今見てもしびれます。
大会前にいろいろ問題を起こしていましたが、やっぱりすげぇと思ったものでした。

個人的には、94年大会のアルゼンチンは歴代アルゼンチン代表の中で一番魅力的でした。
マラドーナ、シメオネ、レドンド、カニーヒア、バティストゥータ、バルボ…ここまで揃って、しかも上手く共存・機能していたチームは珍しかったかと。
それだけにマラドーナのドーピングは残念でした…。

 

セリエAでも、応援するチームは違えどマラドーナのプレーには常に注目していました。

バレージ率いるミランの完璧な(に近い)オフサイドトラップに対しても、「今しかない!」という絶妙なタイミングで前線のカレカにパスを出して得点につなげたりしていたものでした。

「ココにパスを出したら大チャンスだけど、状況的に無理そうだな…」
という場面で、世界でただ一人「ココ」に正確に出していたのがマラドーナでした。

 

いろいろなプレーやシーンが思い出されます。
そのほぼすべてが名プレー、名シーンです(迷シーンもあります(^^;))。

 

「神」や「天才」という言葉は簡単に使わないし使いたくないですが、マラドーナはまぎれもなく「サッカーの天才」だったでしょう。幼少時代ものすごく練習していたことは有名ですが、練習や努力だけでは到達できない領域にいたと思うので「天才」だったのだと思います。

『キャプテン翼』に「ボールは友だち」という名言がありますが、「ボールが一番仲の良かった友だち」はマラドーナでしょう。

 

正直まだ実感がなく、ニュースに対しても心の中で「フェイクじゃないのか?」と思ったりしますが、次のワールドカップでスタンドから身を乗り出してアルゼンチンを応援するマラドーナの姿を見なくなって強く実感しそうです。

これからもマラドーナは自分の中では「史上最高のフットボーラー」です。

マラドーナをリアルタイムで見ることができてよかったです。

 

 

書いた人

ダイ
ダイ
スポーツをするのも見るのも好きなトレーニングジャンキー。
見る方では、海外サッカー、マラソン、トライアスロン、格闘技全般、NBA、ラグビーが主な守備範囲。サブ3.5を目指す中級市民ランナー(あと6分弱…)。東京マラソンは13年連続ハズレで出走経験なし…。
BlackBerryとOAKLEYサングラスを愛用。
公認会計士 税理士
>>>詳しいプロフィール