「エラい」と「エラそう」は、他の「○○い」と「○○そう」とはちょっと違う

「○○い」と「○○そう」という言葉がたくさんあります。

「凄い」と「凄そう」とか
「強い」と「強そう」とか
「面白い」と「面白そう」とか、
「美味しい」と「美味しそう」とか、
「エロい」と「エロそう」とか(笑)、いろいろ。

どれも「○○い」の方は、実際に確かめた確信に基づく言葉だけど、「○○そう」はまだ未確認で、現時点での様子・雰囲気に基づく言葉のような感じです。

でも、唯一「エラい」と「エラそう」だけは、ちょっとテイストが違うなと感じます。

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「エラい」と「エラそう」の違い

「エラい」は、実際に立派なことを成し遂げた、あるいは行っている人を好意的に評価していう言葉ですが(組織の場合、上層部の人のことも「エラい人」とか言いますね(^^))、「エラそう」は、その人の振舞い等に対して批判的に使う言葉です。

確信とか未確認とか関係ないし、「エラそう」には立派である・なしも関係ありません。それに、「面白そう」や「強そう」が「面白い」や「強い」に変わることはあるけれど、「エラそう」が「エラい」に変わることはないでしょう。

そう思うと、「エラそう」な人が、どうしていつまでも「エラそう」にしているのか疑問だったりします。

「エラそう」な人に対して

「エラそう」にしている人がいると、私も一瞬だけ

「むむっ!」(KビラJさん風)

と思います(苦笑)。
でも、すぐに

「ああ、この人の周りには止める人や気づかせてくれる人がいないんだな。身近な人はさぞ居心地悪いんだろうな」

と思うようにします。そうすると、「むむっ!」(KビラJさん風)がかなり治まります(笑)

自分がその「身近な人」だと、かなりダメージは大きいですが(苦笑)

「エラそう」な人が周りにほとんどいないのは、独立して良かったと思うことの一つ

私が組織にいた頃は、周りに「エラそう」な人がたくさんいたので、この「むむっ!」(KビラJさん風)を1日1回は必ず感じたものですが(苦笑)、組織を抜けて独立してからは「むむっ!」(KビラJさん風)と思うことがほとんどなくなりました(1年に数回程度)。

環境が変わって、周りに「エラそう」な人がいなくなったというのが大きいです。
(私がいうのもおこがましい話ですけど…(^^;))

ただ、「エラそう」な人が多かった環境では「ああ、自分はこんな風になっちゃいけない。気を付けよう」という再認識が日々できたのですが、独立してからはそれが出来にくくなっているのも事実。なので、時々「むかし、こんな人がいたよなぁ」と、これまでに出会った「エラそう」だった人を思い出して、自分の振舞いに注意するように意識しています。

これからも「エラそう」とは言われないように気を付けたいと思うのです。

「エラそう」は「エラい」には変わらないので。

(リアルの私を知っている方、もしも私が「エラそう」だったらすみません! m(__)m)

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ダイ

ダイ

1975年1月生まれ。スポーツを見るのもやるのも学ぶのも大好きな41歳。サッカーではGKからFWまで全ポジションに対応(もちろんアマチュアレベル(笑))。ボクシングではディフェンス重視のアウトボクサー。フルマラソンはサブ4。東京マラソンに10年連続ハズレ中…BlackBerryとOAKLEYサングラスを愛用。 公認会計士 税理士

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