サッカースパイクのカラフル化考

今はサッカーから長く離れ、やるとしてもフットサルをちょこっと程度なので、サッカースパイクを履く機会がなかなかないですが(苦笑)、サッカーの試合を観ていると、選手のサッカースパイクにも目が行ってしまいます。

最近はスパイクのモデルチェンジが著しく早いので、「メーカーやショップは在庫管理が大変そうだなぁ」とか思いながら(笑)注目しています。

目を引くポイントはいくつかあるのですが(進化もそうです)、今日は「カラフル化」について。

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20年前まではほとんど全て「黒」だった

私の記憶が確かなら、サッカースパイクがカラフルになったのは、ここ20年ほどの話です。

それまでは、すべての選手が(と言っても良いでしょう)黒ベースのスパイクでした。プラティニもマラドーナもバレージもホマーリオもファン・バステンも、みんな黒ベースでした。

選手のスペシャルモデルは、ライン(アディダス製なら3本線、ナイキ製ならSWOOSH)に色をつけるだけのシンプルなものでした。ファン・バステンは、オランダのユニフォームと同じオレンジ、R・バッジョは蛍光イエロー、G・シニョーリはグリーン…等々でした。

大半の選手の、ほとんどのスパイクが「黒×白」でした。唯一、ロットは「黒×グリーン」が選手用モデル(ハイエンドの高いやつ)のカラーリングでした。

「カラフル化」の始まりは…?

一度だけ、1994年に「カラフル化の兆し」を見せたことがありました。
W杯アメリカ大会のグループリーグで、当時ディアドラと契約していたR・バッジョとG・シニョーリ(イタリア)、V・シーフォ(ベルギー)が色付きのスパイクを履いていたのです。

バッジョとシニョーリは、イタリア代表のユニフォームと同じ「青×白」を履き、シーフォはベルギー代表のユニフォームと同じ「赤×白」を履きました。しかし、バッジョとシニョーリは足に合わなかったのか、初戦(アイルランド戦。0-1で負け)に履いたのを最後に、それぞれ本来の「黒×イエロー」、「黒×グリーン」に戻していました。たった1試合だけの「短命」でした(笑)。

決勝トーナメント以降は、選手のほぼ100%が黒のスパイクでした。
以降、しばらく黒以外のベースカラーのスパイクを見ることはありませんでした。

そんな流れが変わったのは、ちょうど20年前の1995年欧州CL決勝戦です。

アヤックスvsミラン。
最近なにかと話題のルイス・ファン・ハール監督が、初めてビッグタイトル(欧州CL)を獲得した試合です。試合自体は、クライファートの決勝点で1-0でアヤックスの勝利。フランク・ライカールトがアヤックスに最高の「置き土産」を残して現役引退…という試合でした。

この試合で一人だけ白いスパイクを履いた選手がいました。

マルコ・シモーネです。

ヴァルスポルト(ValSport)という、今も存在するのか不明な(笑)メーカーのスパイクでしたが(日本でも有名なダニエレ・マッサーロも履いていました)、一人だけ白だったので、すごく目立ちました。

おそらくアレが最初だったのではないかと。

アレ以降、1998年のナイキ「マーキュリアル」のホナウドモデルや2002年のアディダス「プレデターマニア」のシャンパンゴールド等々、様々なカラーやモデルが出てきましたね。

他にも?

ここ2回のW杯では、メーカー毎に選手が履くスパイクのカラーを統一するような動きになっていて、メーカーとカラーが紐づいているような感じにもなっているようです。良いか悪いかは別として。

1995年は、他にも「変化」がありました。それは後日書いてみます。

それにしても95年、懐かしいです。
アヤックスのGKは「若き」ファン・デル・サール、キャプテンはダレイ・ブリントのお父さんのダニー・ブリント(次のオランダ代表監督)、他にも今監督をやっているフランク・デ・ブールやクラレンス・セードルフがスタメンでした。ミランもバレージ、マルディーニもそうですが、デサイー、ボバン、ドナドーニもいました。

今、そんな選手が監督をしている姿を見ると、「自分も歳とったなあ」と感じます……(苦笑)

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ダイ

ダイ

1975年1月生まれ。スポーツを見るのもやるのも大好きな41歳。サッカーではGKからFWまで全ポジションに対応(もちろんアマチュアレベルで(笑))。ボクシングではディフェンス重視のアウトボクサー。フルマラソンはサブ4。東京マラソン10年連続ハズレ中…BlackBerryとOAKLEYサングラスを愛用。 公認会計士 税理士

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