「グレイシー柔術」から20年

厳密には20年を既に超えていますが(笑)、第1回UFC(Ultimate Fighting Championship)で「グレイシー柔術」が米国と日本を中心に広まってから20年が経ちました。

私が「グレイシー柔術」や「グレイシー一族」なるものを知ったのも、そして総合格闘技に興味を見るようになったのもこの時でした。

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「グレイシー柔術」の衝撃

第1回から数回の初期UFCは、現在のUFCとは違って「競技」として全然確立していなかったので、最小限の規制(目つぶし、噛み付き、金的)以外はなく、ほぼ「なんでもアリ」でした。

そのため、今となっては相当グロいフィニッシュシーンも多々ありました。
今自分が見ても「うわぁ…」と思うシーンも、当時はけっこうありました。

そんなわけで、出場する選手は相当な覚悟で出場していたのですが、一攫千金目当ての街のケンカ屋のような人だったり、得たいの知れない競技(忍術、クック・スール・ウォン、ジョーサンドー等々)をバックボーンにした人がいたりと、けっこう多彩でした(笑)。

そんななか第1回大会ではケン・シャムロックという、当時日本のパンクラスで活躍していた米国人レスラーが参加していました。

体重約100㎏の逆三角形で体格がいいのは当然として、関節技の技術は多彩だし、打撃もできるので間違いなく優勝するだろうと思っていました。

しかし、そんなシャムロックにほとんど何もさせずに勝ったのがホイス・グレイシーでした。

「グレイシー柔術?なにそれ?」

が第一印象でした。

体格はヒョロイ。見た目も全然強そうではない。街中にいても格闘家には見えないだろうなと思うぐらいでした。

そんな人が、あのシャムロックに勝っただけでなく、全試合で相手からギブアップを奪って優勝していたことが衝撃でした。

当時は、総合格闘技における技術など無知でしたし、「マウントポジション」や「ガードポジション」という言葉すら知らなかったので、試合映像を見ても

「なんで勝てちゃうの?」

という感じでした(笑)。
とにかく衝撃的でした。

あれから20年

20年経ち、既に総合格闘技はルールも大会運営も「競技」としてほぼ確立しており、総合格闘技における技術も相当な進化を経てきました。

あの当時「目からウロコ」だったホイス・グレイシーの技術は、ほとんど全ての選手が身につけています。

「柔術ができれば勝てる」という時代はとっくに終わっていますし、「打・投・極」の全てにおいて優れていないと頂点に立てないようなレベルにまでなっています。 第1回当時の映像と最近のUFCの映像を見比べると、ものすごい進化を感じます。

たかが20年、されど20年。

時間を経て大きな進化を遂げるのは、競技でもビジネスでも人生でも一緒なんだなあと、ふと感じました。

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ダイ

ダイ

1975年1月生まれ。スポーツを見るのもやるのも学ぶのも大好きな41歳。サッカーではGKからFWまで全ポジションに対応(もちろんアマチュアレベル(笑))。ボクシングではディフェンス重視のアウトボクサー。フルマラソンはサブ4。東京マラソンに10年連続ハズレ中…BlackBerryとOAKLEYサングラスを愛用。 公認会計士 税理士

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