サッカーのフォーメーション史

私は小学生の頃サッカーをやり始めたのと同時にサッカーをTVやビデオ、スタジアムで見るようになったので、観戦歴はかれこれ30年超になります。
(日本のサッカーは26年前を最後にほとんど見ることがなくなり、海外サッカー限定です。)

なので、それよりも更にさかのぼったフォーメーションの歴史はあまり語ることができませんが(苦笑)、見てきた限りでは、こんな変遷だったと思います。

私がサッカーを始めたばかりの頃、サッカーの本にはフォーメーションとしてこんなものが紹介されていました。

「2バックシステム」

Football_Formation_-_Pyramid

DFが2人だけ…。今のような人数で表現するなら「2-3-5」というフォーメーションです…。
5人のFW…。センターと両サイドのウィングに加えて、両サイドに「インナー」と言われるFWが配置されていました。

その「2バックシステム」と同列で紹介されていたのが「3バックシステム」。
こちらは「3-2-5」です。やっぱり5人のFW…。

Football_Formation_-_WM

今ではありえませんが、70年代以前(?)はFWが5人というのが主流だったようです。

そんな時代に風穴を開けたのが、1970年のブラジル代表。ペレやガリンシャもいました。
当時としては画期的だった「4-2-4」で同年のW杯メキシコ大会を全勝優勝(全勝は今でもW杯唯一)。ブラジルもペレ自身もW杯で3度目の優勝に輝きました。

Football_Formation_-_4-2-4

DFが4人になったのは、この頃が始まりだったようです。

その後はDF4人の「4-3-3」や「4-4-2」が主流になっていきましたが、80年代中間あたりから(?)ドイツのクラブを中心に「3-5-2」や「3-6-1」が使われるようになったようです。

たしかブレーメンが85年に来日した時、すでに「3-5-2」だったと記憶しています。
各国の代表チームは、まだほとんどが「4-3-3」か「4-4-2」でした。

Association_football_4-4-2_formation

「3-5-2」が大ヒット(?)したのが90年イタリアW杯。優勝した西ドイツ(当時)が「3-5-2」を採用して、ほとんどの試合を優位に進めていました。
この当時も「画期的」とか言われていたと記憶しています…。

3-5-2DV

その後はほとんどが「3-5-2」か「4-4-2」のいずれかが主流になりました。
イタリアやブラジル、アルゼンチンはほぼずっと「4-4-2」でした。

しかし90年代半ば頃に、また新たなフォーメーションが出てきます。

「3-4-3」です。

3-4-3DIAMOND

ファン・ハール監督のアヤックスが、この「3-4-3」で多くのゲームを支配しました。

このアヤックスの「3-4-3」は、見ていてとても興味深かったです。

ポジション毎に役割と、そして背番号まで(!)決められていて、かなり徹底されていました。フィールド全体を見ると、3人のDFとFW、それとMFの外側2人で円を描くように広がっていて、この円の状態をほぼ維持。そして局面に応じて大きな円になったり、小さな円になったりしていました。残る2人の中盤2人がボールをもらいに行ったり、ポジションチェンジするような感じでした。

今はバルサやスペイン代表のボール支配率の高さが話題になりますが、当時のアヤックスのボール支配率も相当なものでした。

しかし一方でサッキ監督、カペッロ監督のミランやクライフ監督のバルサ、それとブラジル代表がダブル・ボランチの「4-4-2」を採用しつづけて成功していたのと、アヤックスの「3-4-3」は選手全員の戦術理解度の深さと運動量・連動性が同時に求められるので、選手の移籍が多いクラブチームや急造に近い代表チームで主流になるまでには至らなかったようです。

つづく

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ダイ

ダイ

1975年1月生まれ。スポーツを見るのもやるのも大好きな41歳。サッカーではGKからFWまで全ポジションに対応(もちろんアマチュアレベルで(笑))。ボクシングではディフェンス重視のアウトボクサー。フルマラソンはサブ4。東京マラソン10年連続ハズレ中…BlackBerryとOAKLEYサングラスを愛用。 公認会計士 税理士

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